第一志望の考査日から2日後、別の学校の試験が終わるのを車の中で待っていた。
そのタイミングで第一志望校の合格発表時間になった。
ウェブサイトにログインし、「きっと合格はしていないだろうな」と不合格だった時の落ち込みを軽減するための保険をかけながら、結果を表示するボタンをクリックした。
するとそこには「合格」の文字が表示されていた。
!!!
補欠でも難しいという予想に反し、娘は合格していた。
モニターの文字がぼやけて見えなくなった。
パパは少し涙がでていた。
2年間の想いがあふれた。
お受験は娘が希望したのではなく、親が「娘のために」という自分勝手な思いを押し付けたものである。
「受験なんてしないほうがいい」何度そう思っただろうか。
特に考査日の1か月前には両親ともにメンタルにとげが生えてきて、24時間焦りの感情に包まれており、崖の淵からギリギリ落ちないように耐えている感覚で生活していた。
娘には勉強してもらっているのだから、親の不安定なメンタルを娘にぶつけてはいけない。
そう自分に言い続け、ポジティブな感情で娘には接するようにしていた。そのためか娘は受験というものを特別に意識せず、むしろ教室の模擬テストのようなのんきな感じで受験本番を迎えることができた。
考査日に娘と学校へ行き、試験が終わった後にどうだったか話を聞いても
「楽しかった~」
「走るのは一番だったよ~」
「お話の記憶があったけどよく覚えてない」
と親を安心させてくれる情報がぜんぜんでてこない。
それでも終わったことはもうどうしようもないので、ここまで頑張ってきたことを褒め、お受験後はたくさん甘やかすんだという感情になっていた。
あとはなにか奇跡が起きて合格をいただけることを祈るのみだった。
我が家は8校を受験するので、願書と面接対策で疲弊した。
神奈川5校、東京3校
8校も受験するなんて娘は耐えられるのだろうかと心配になったが、生粋のマイペース力を発揮する娘は試験も楽しんでいた。実はとんでもないポテンシャルを秘めていたのかもしれない。
結果、3校受験して、3校から合格をいただくという奇跡を起こした。明日嵐がくるかもしれない。
この合格の瞬間、我が家のお受験は終了した。残りの5校は受験せずに辞退した。
3校中2校は倍率が高いので期待はしていなかった。というもの直前の学校別模試の結果は平均点以下で合格は難しいという先生たちの評価(直接難しいとは言わないが・・・)だった。
直前講習に参加すると、娘よりはるかに高いレベルで仕上がっている子が6,7人いた。
入室時の「こんにちは」の挨拶、お辞儀の角度、動きの機敏さ、座っているときの姿勢、立って待っているときでもビシッとしていた。
同じ学校を受験する女児20人中、上位3人はどの親からみても「合格圏内にいる子たちだ」と思わせる能力が身についていた。
逆に下位5人くらいはまだ合格するには難しいだろうなと思わせる子がいる。
分類するとこんな感じだ。
A 3人 ほぼ完ぺきなエリートグループ
B 4人 とくにNGな点がみあたらない優秀グループ
C 8人 そこそこの能力はあるが、不足している点があるグループ
D 5人 まだ仕上がっていない。合格は難しそうだなと思うグループ
娘はCグループであり、過去すべての模試、評価では合格圏内に届いていない。
しかし、パパは学校は点数だけを見ているはずではない。きらりと光る子がいいとか、行動観察での縁の下の力持ち力があるぞ、目ヂカラはすごいぞ!
と根拠のない理由で自分をマインドコントロールし、諦めない気持ちを持ち続けた。
実際に考査で娘がどんな振る舞いだったのかはわからないし、学校側もどこで合格、不合格の判断をしたのかを知ることはできない。
合否の差は紙一重だろう。ほんのちょっとしたことがその線引きを決めるのだろう。
鼻水が少しでていたとか、靴下の折り目をさわっていたとか、目線がぼーっとしているなど、
どんなに仕上げてきた子でも、合格する保証はない。
娘が合格をいただいた向こう側には多くの涙がある。今回いただいた機会の重さと意味を受け止め、気を引き締めて4月から小学校生活をスタートして行こう。
娘には「おめでとう」ママには「お疲れさま」を送ります。
そしてすべての同志のみなさん、ほんとにお疲れさまでした。